四半世紀を迎えた創業者の志「地域への恩返し」を忘れず、睡眠状態を記録する見守りセンサーで大切な健康状況把握 ことぶきの郷(群馬県)
「地域のみなさまから愛される施設」をモットーに開設した先人の思いを「至誠一貫」の精神で受け継いでいく
織物で栄えた伊勢崎の産業の担い手だった牛久保海平は戦時下、転換を迫られて通信機用部品やマイカコンデンサの製造を開始した。これが三共電器創立のきっかけなのだが、終戦後は自転車用発電ランプの開発・輸出に始まる快進撃を繰り広げ、やがてはサンデンと社名変更して伊勢崎の経済を牽引(けんいん)してきた。
開業の前年の1998年、すでに伊勢崎の名士であった牛久保が個人として「地域への恩返しをしたい」と、土地を寄付するなどして取り組んだのが、社会福祉事業だった。当時、事業の準備室を置いていた会社や自宅のあった寿町の名前をとり、「ことぶきの郷」と名付けられ1999年に開所した。
この頃、新卒の就職活動をしていた青年が現在の小須田施設長。仙台の東北福祉大学で社会福祉学を学んでいた。小須田さん自身は富岡市出身で伊勢崎市に明るくなかったが、高崎市出身の同期から集団面接会に誘われて新設のことぶきの郷と出会った。サンデンの八斗島工場で試験を受けた時には160人もの応募者がいて圧倒されたという。髙野博孝現理事長に見出され、40人ほどの仲間とともに入職し、在宅介護支援センターの相談員からのスタートだったという。その時のメンバーのうち、8人が生え抜きで残り、今も意見を戦わせることができる。「お陰様でトップダウンでなくまとめ役でいられるのです」と小須田施設長は笑う。
開所して最初の入所者は10数人だったが、徐々に評判が広まると数ヶ月で満所になったという。働く際に心がけていること、「至誠一貫」、ことぶきの郷の大切なテーマだ。この言葉は、尾崎咢堂(がくどう)(尾崎行雄)から贈られたという。牛久保家は「憲政の神様」と呼ばれた尾崎咢堂と交流があり、理事長室の入り口に卆翁(くじゅうおう)咢堂本人の揮毫(きごう)した書が掲げられている(現在はレプリカ)。
広大な敷地で、特別養護老人ホーム、ケアハウス、デイサービス、ホームヘルパー、ショートステイ、居宅介護支援事業所の6つの介護サービスを提供している
遠方からも目立つ屋根の緑は、苔が生えても目立たないようにと選ばれ、そして長持ちするようにと銅板でふかれた。緑色は三共電器(現サンデン)のコーポレートカラーでもあり、ことぶきの法人カラーでもある。1階がデイサービスなど日々の利用やケアハウスの居室、2階が特養用の1人部屋10室、4人部屋10室に加え、ショートステイ用の2人以上の部屋が3室準備された広大なスケールである。
業務内容は、介護保険にのっとった6つのサービスを展開している。特別養護老人ホーム「ことぶきの郷」、ケアハウス「みさとハイツ」のほか、ことぶきの郷デイサービスセンター・ホームヘルパーステーション・ショートステイサービス・居宅介護支援事務所となる。「介護は7割以上が人件費、堅実な経営が求められているのです」と小須田施設長は語る。
人手不足にならないように継続的な人材確保を実施 人選の大きなポイントは、地域に根付いて仕事をしてくれる人
これまでのところ、ことぶきの郷では世間で報道されているような介護人材の深刻な不足には至っていないが、大切な職員が出産などのライフイベントで休職したり、それぞれの事情などで退職したりすることはある。
365日誰かが付き添わなければいけない仕事のため、欠員が即、他の職員の負担とならないよう人材確保に全力を尽くす。「職安や求人媒体に求人情報提出する際、アピールポイントが画面の目立つところに入るように工夫します。人材紹介ビジネスやエージェントにも頼むなど、あらゆる手を尽くします」。そして応募者がいれば、複数人で人柄をみて、ことぶきの郷に合っているかどうか判断する。ここで働きたいという思いを持っている人には、少し時間がかかったとしても、少しずつ育つのを待つという。実は、一番のアピールポイントは「地域に根付いている」ということなのだとか。
睡眠状態を記録する見守りセンサーを装備、睡眠の大切さを再認識
経理畑で鍛えられた力を介護請求システムが補完 介護報酬の請求で多いといわれる「返戻」がほとんどない。
介護事業所の仕事は、まずは実際の利用者へサービスを提供する。その後、介護保険で提供したサービスの報酬を受け取るため、地域の国民健康保険団体連合会へ請求する。その際、一般にどこの介護事業所も「返戻(へんれい)」と呼ばれる不備のための差し戻しが多く、その度に再請求しなければならないので、その作業が大変だという。ことぶきの郷の場合、この返戻がほとんどなく、他の事業所からも驚かれるそうだ。
「事務・経理・簿記ということを、徹底的に鍛えられてきました。『数字を見る目を養え』と常に言われてきたことが生きているのかもしれません」。法人の命で、商業簿記をゼロから学ぶために上武大学に通い、役員の前で決算発表なども繰り返し行ってきた。そうして数字に強い小須田施設長となり、さらに強力な助っ人ともいえる、介護請求システムの導入により、介護報酬請求の手続きがほとんど間違いなく行われるようになった。
給与明細WEB配信システムを導入し、眠る給与明細書がなくなった! ただ、悩みは一人ひとりのスタッフと直接話すきっかけがなくなってしまったこと 新たなコミュニケーションの手段を思案中
介護事業は働くスタッフの就業形態が多様なため、給与支払日も月2回に分けられている。さらに、休日に出勤して平日に休むなどのシフトもあり、給与支払日に直接全員に紙の給与明細書を渡す、ということがなかなか難しかったそうだ。給与明細WEB配信システムを取り入れてからは、紙の時代にかなりの確率で引き出しに眠っていた未配の明細書はなくなった。職員はそれぞれの給与支給日に自分のスマートフォンなどで給与明細を確認ができるが、ガラケーでもOK。
給与明細WEB配信システムの効果を認めながらも「スタッフ一人ひとりに月に一回でも何気なく声をかけるきっかけがなくなってしまったのが、少し残念です」小須田施設長は言う。突然現場に押しかけて行って「最近どうですか」と話を始めることも難しいので「新たなコミュニケーション手段が必要かもしれません」とスタッフに気遣っている。
できるかぎりの地域への貢献を 介護予防教室、出前授業、実習受け入れ…そして「ささやかな気づき」ができる施設へ
ことぶきの郷のアピールポイント「地域に根づいている」は、日々取り組み続ける中で生まれてきた評価でもある。現在では「地域における公益的な取り組み」として、入所者や利用者のみならず一般の高齢者も参加できる介護予防教室「おたっしゃクラブ」を毎月1回開催している。まずは体操。AIによる歩行診断や画像診断を元にそれぞれに合わせた運動方法、また場合によっては手すりや杖の使用を提案する。工作や頭の体操、食事や栄養についての講義も含めて2時間でまとめたものだ。
毎月の開催をめざしているが、新型コロナウイルス感染症が5類に移行しても、利用者である高齢者にとって命に関わるかもしれないという怖さは変わらない。感染防止の取り組みを怠らず、かと言って緊張しすぎない時間を届けるため、気を配っている。
群馬県内には、伊勢崎の東京福祉大学、伊勢崎興陽高等学校をはじめ、高崎健康福祉大学、群馬医療福祉大学、前橋医療福祉専門学校といった介護を学び、福祉人材を輩出する場が集結している。ことぶきの郷でも実習生の受け入れを積極的に行っている。実習は国家資格の必修事項にもなっており、もちろん違う職業に就く学生もいるが、縁あって当施設への就職につながることもあるという。
ことぶきの郷は、早いうちから「介護」というものを知ってもらいたいと、中学校での出前授業を実施、さらには介護する側の「介護者教室」も以前は開催したそうである。
小須田施設長の義母が要介護状態となり自宅で引き取って同居した経験談がある。「私自身が当事者家族になった時、介護を受ける側(家族)の気づきを身に染みて体験できた」と小須田施設長は言う。たとえば、「訪問看護で、自宅まで看護する人が来ていただけることは本当にありがたい。ただ、プライベートな空間に入る時には一言断ってもらいたかった」というささやかな「気づき」があった。
そのことを改めて職場で確認し、「ささやかな気づき」ができる施設へと努力しているという。「やって当たり前」と思っていたことができていない、あるいは逆に「こんな風にしてもらえるのだ」と利用者が感謝の気持を抱くきっかけにもなる。小須田施設長の介護の経験は大変な日々だったが、職場の仕事につながる多くの学びもあったそうだ。